喋るということ

一人暮らしが長くなると、どうしても友達とも合わず何日も過ごす時がある。
そうなるとその期間人と話していないことになる。
更に、テレビもなく、ラジオも聴かないという場合は、人の声を聴くこともないし、頭の中から「ことば」や「会話」がどんどん消えていってしまう。

喋らない日に慣れてくると、喋らなくても平気になって、喋らなくても良い身体になってしまう。
これは良くない。
人間は言葉で考える、ということは8割方本当だろう。

私はビジュアルで、画で考えるということもあるだろうという考えを持つから、言葉だけが考える道具だという言われ方をすると反論したくなるが、今回その話は置いておいて、やはり喋らないと考える回数が減って行くことは事実のようだ。
実際これまで幾度かこういう期間があって、その度に「何をやっていたんだろう」と思ってしまう。

終わった後にそんな風に思ってしまうくらい適当に、ぼやーっとして生きてしまうのだ。
まあ、対策はいくらでもあるだろう。
友達に毎日会いに行けば良いし、家族に電話すれば良い。
それに、今はインターネットでいくらでも人の声、会話を聴くことができて、笑うことも泣くこともできる。

そういう風に工夫すれば、声に出さなくても心の中できっと無意識に会話をしているはずだからいくらか思考の停止は防げるのではないか。
でも、もっといい方法がある。

一人ごとを言うことだ。笑い話としてテレビや何かでよく聞くかもしれないが、一人暮らしなのに家に帰るとただいま、家を出るときは行ってきます、挙げ句の果てには自分の考えていることを、さも誰かがいるかのようにして静かなリビングで話し始めるのだ。
実はこれは一度やるとやめられない。
一人で喋るのは楽しいし、考えがまとまることも多い。
そのうち、考えをまとめるために一人で喋るようになる。

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