知識の正しさ

何事も経験しておいた方がいいということはよく聞くことばだが本当にそうだろうか。
また同様に、知識はあった方がいいということが常識になっているようだが、そうなのだろうか。
私は自分の人生において実験を行っている。
自分の考える生き方をして、それが結果としてどんな人生を創りだすのかという実験である。

遡ること5年前、学生であった私達はこれからの人生について話し合った。
それは学生特有の理想と現実の間を行き来するような、社会に出ている人間からしたら、意味のなさない議論だったかもしれないが、当の本人達にとっては大真面目な議論だった。

互いの理想とする未来は近かった。
おおざっぱな言い方をすれば、何でも解決できるあたまを持った人になりたいというものだ。

彼はそのために出来るだけ多くの知識、無駄と思えるものでも取り入れられるだけ取り入れることが正しいという立場を採った。
どんな問題に対してもあらゆる解決策を考えだそうとするコンサルタント的な考え方だ。
私は違った。
多くの知識があるということは、それに邪魔されて出てこない発想があるじゃないかと言う主張だった。
知ることはいつも正しいことではないのだ。
だから、私はなるべく知識を入れない生き方をする、と宣言した。

私の唱えた生き方の方が一般社会とはズレているということは当時から理解していたが、憧れた物理学者が言っていたことも後押しとなり、自分の人生をかけた実験で正しさを証明することにした。

健闘を誓い合いそれから5年ほど経つのだが、今のところ私は分が悪い。
というよりむしろかなり水をあけられている。
だが諦めない。
きっと私の方が正しい。

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